ユーザーを信じちゃダメ。当たり前ですよね?

時々、「ユーザーの想像を超えたものを作れ」とか「新しい需要を作れ」という頭良さそうに見える記事を web で見かける。
例えばこんな感じで。

自動車が無い時代には、ユーザーは「早い馬が欲しい」としか言わなかっただろう。

よくジョブスなんかが引き合いにだされる。

僕には、こういう表現が不思議だ。

プロが他人の言うことを鵜呑みにしてはいけないなんて、当たり前でしょ。
僕自身は IT 系のエンジニアだけど、ユーザーから要望が来たらこんな事を考えるだろう。

  1. ユーザーと僕では立場や専門性からくる常識に違いがある。
    コミュニケーションミスが発生している可能性が高いから、ちゃんと確認しなくてはいけない
  2. 要望を出すだけなら無料。
    そんな立場からいう言葉は、どうしても自分本位、自分勝手になってしまう
  3. その意見は、ユーザー全員の意見だろうか?
    全く逆の事を思っている人もいるかもしれない。
    自分に聞こえてくる声には常にバイアスがかかっており、自分の感情は中立ではないことを意識しよう
  4. ユーザーの要望をそのまま聞くと、システムの仕様は足し算のように増えていく。
    一方で仕様の単純さ、少なさはそれ自身が品質である。
    何かを追加する事で、見えにくい所で何かが失われていないだろうか?
  5. その要望を出したユーザーにとって本当に必要な事って何だろう?

要するに、脊髄反射で素人の意見を聞くな。
プロだったら、確認して、考えろっていう事です。

まず、ユーザーの意見を聞いて、エッセンシャルな要望を取り出す。
次に、自分のリソース、冒すことの出来るリスクなどを考えて対応の必要性や対応方法を考える。
それだけの話だ。

上記の自動車と馬の例で言うと、
「早い馬が欲しい」と言う人の本当の要望は「移動時間を短くしたい」とか、そういう事だろう。
だったら移動距離や移動頻度を少なくする工夫だって立派な対応方法だし、ワープ装置作っても良い。

要は、自動車を初めて作った人は「自動車を発明した事」が凄いのであって、「早い馬という発想から離れた事が凄いわけではない。」

「自動車が無い時代には、ユーザーは『早い馬が欲しい』としか言わなかっただろう。」
この表現には、議論のすり替えというか、
「虎の衣を借ろうとして、色々と残念な結果になってしまった」
という気がするんだよな。。。

大型液晶買ったので、良いことしない?

新生活を始めるにあたり、「必要無い物は買わない」と誓ったわけだが、早速 31.5 インチの大型液晶を買ってしまった orz。

だって、今メインで使っている Surface Pro は持ち運びには便利だけど、長時間のコーディングには外付けのキーボードと液晶が必要だと思ったんだもん。だから 19 インチ程度の安い液晶買おうと思ったら、Amazon のフェアで 31.5 インチ液晶が 25000 円で売ってたんだもん。

30 インチ越えって、今まで使ったこともない。想像してみろ、大画面の迫力を。感じてみろ、1920×1080 の解像度を。

え、1920×1080 ?
ええと、俺の Surface Pro 3 が 12 インチ、2160×1440 だから。。。

いや、やめよう。実際に、する事と言ったらコーディングとネットサーフィンくらいだから、文字が大きく表示されればそれで充分。

さて、「今だけお得」の言葉に踊らされて衝動買いしてしまった事を若干後悔しているわけだが、折角購入したのだから恰好良いことしてみましょう。

まず、Terminal を用意し、なんでも良いので恰好良さそうな物を表示させます。私は、昔作ったプログラムのソースコードとその Unit Test 画面を表示させました。画面を黒くしておくことを忘れずに。

なんか、既にいい感じです。テスト (右側) も、全て成功じゃない所がカラフルで良いですね。
ただ、全体的に黄ばんで見えるのはなぜだろう?
引っ越したばかりだし、壁紙は真っ白なんですが、光の加減かな?

まあ、気を取り直してここに自分が映り込んでみます。

映りこんだ窓から見える空も、良い味を出してます。
本当は左下に自分が映り込む形にしたかったのですが、壁が邪魔してダメでした。
あと、写真の黄ばみが少しマシになった。謎。

これの外側をトリムして、適当なサービスで色の自動調整をすると

うむ。さすが俺。
細かい部分が見えないせいか、5 割り増しくらいにイケメンです。

プロフィール画像も変更しておこう。